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Akai's Insight & Memo

かなり小さなマーケティング会社の社長のブログ。MKTインターナショナル株式会社 代表取締役社長 赤井 誠。http://www.mkt-i.jp id:mktredwell

GNUプロジェクト30周年に思う

GNUプロジェクトとは何かということを、IT業界で働いている100万人ですら、説明できる人は多くないと思います。(と、書きつつ、このブログでGNUプロジェクトの説明をすることはしないので、Wikipediaなどを含めて、検索してもらえるといいと思うのですが、なかなかわかりにくいかもしれません。)

GNUプロジェクトがなかったら、今のようなインターネットを活用した社会は生まれなかった可能性が高かった、あるいは、もっと時間がかかったのではないかと思います。

そのような意義を含めて、多くのエントリーやニュースが公開されています。多くは、エンジニアの方々が中核なので、ビジネスサイドからの話もいいかと思って、このブログでは、オープンソースをビジネスとして立ち上げた経験から少し感想を書いてみます

先週末からネットで話題になっているように、リチャード・ストールマンがGNUプロジェクトをスタートしてから30年を迎えました。Wikipediaを読むと次の一節があります。

GNUオペレーティングシステムの計画は、1983年9月27日、リチャード・ストールマンが net.unix-wizards および net.usoft というニュースグループで発表した。

インターネットの商用利用が許可されていない時代でしたが、インターネットを使っての情報共有はすでにスタートしていました。しかし、当時はまだワールドワイドウェブが発明されていないかったので、多くの人が情報共有するには、ニュースグループという仕組みを使うのが多かったのです。

リチャード・ストールマンについては、この30周年に合わせて伝記が翻訳公開されています(あまりにも、すばらしい活動)。

経済に興味のある人には、ノーベル経済学賞のポール・クルーグマンに近い人(意見がぶれない。しかし。。。)だと理解するとわかりかもと思います(クルーグマンのほうが、世慣れていますが)。

この伝記にも記載がありますが、リチャード・ストールマンがこだわった「自由なソフトウェア」をめぐる出来事が、現在のインターネットを使ったさまざまなビジネスに大きな影響を与えました。

自由なソフトウェアは、英語で、"Free Software" (フリーソフトウェア)です。この"Free" という単語が、「無料の/無償の」という意味にとらえられることが多く、『自由の」という意味では、なかなか浸透しなかったということがありました。そこで、発明された用語が、「オープンソースソフトウェア」(OSS) となります(エンジニア時代に、日本で2冊目だったとされる市販のインターネットの入門書を書いた1995年には、まだ、オープンソースという言葉はなかったです。宣伝で、すいません。 )。

このOSSという言葉できたときは、ITバブル華やかな時代でした。過剰な期待も多くあったので、多くのメディアにも取り上げられた時期でもあります。その後、ITバブル崩壊のあとに落ち着きを取り戻ししつつ、OSSは急速に普及していくことになります。特に、普及の原動力になったのが、Linux の採用でした。今や、すべての携帯電話会社、東京証券取引所の取引システム、ネット銀行、ネット証券、ニコニコ動画のシステムなど、社会基盤の一部として活用されるまでになっています。

ぼくは、幸運にもこれらのシステムのほとんどに関わることができました。その経験から言えることは、フリーソフトウェアであろうと、オープンソースソフトウェアであろうと、次の3つの分野で提案、説明、調整などが大変だったと思います。
(フリーソフトウェアとオープンソースソフトウェアをまとめて、FOSSともいいます。)

  • カルチャーの話

エンジニアカルチャーに根ざした活動であることです。「日米企業文化の違い」などのブログなどが人気を集めるように、カルチャーの違いは、人々の考え方や価値観に大きな影響を与えます。IT業界では、昔から、スーツ(スーツを着たビジネスマン)とギーク(エンジニア)のカルチャーの違いはよく話題になっています。多くの場合は、スーツサイドのビジネス視点が強者で、ギークサイドのエンジニア視点が弱者になりがちではないかと思います。

FOSS の浸透は、ギークサイドのエンジニア視点が時代をリードした課程だと思います。しかし、このエンジニア視点の考え方が、どうしても相容れないクラスターがあったということです。

  • 知的財産権の話

FOSSへの批判の1つが、「FOSSは、知的財産権を放棄しているので、全部無償になって、ビジネスできない」という根強いもの(誤解)があります。

この問題に対応することが面倒なのは、そもそも「知的財産権」とは何か? という議論に陥ってしまうからです。多くのビジネスパーソンにとって、あまり気にせずにビジネスしていきたいところに、よくわからない「知的財産権」の問題が出てくる。で、「そんな面倒なことだったら、あんまり販売したくないよね」というマインドを生み出すことにもなっていました。

さらに、「FOSSはすべてタダ」という誤解が加わり、ビジネスにならないという方向性が生まれてくることになりました。

GNUプロジェクトのページ「自由ソフトウェアの販売」でフリーソフトウェアは有償で販売してもいいことが説明されているように、有償でビジネスをしてもいいです。また、知的財産権についても、特許ゴロの裁判が続く昨今では、経営者などは、重要なこととして、認識すべきだと考えます。

  • 開発手法の話

最後は、FOSSの開発主体が、多くの場合、商用ソフトウェアのように1つの企業だけに閉じるのではなく、複数の企業、大学、個人などが参加するコミュニティと呼ばれる緩い紐帯に基づくグループであることです。

今や、これらの開発手法が、オープンイノベーションという観点で、経営学者などが研究、発表を繰り返す重要なテーマになっています。しかし、2000年代では、まだまだそのような認識は、広まっていませんでした。

  • そもそも、このコミュニティというのがわからない
  • 自分たちのナレッジを公開するのはおかしい
  • 責任者がどこにいるかわからないのはいやだ

などといったようなコメントが続いたことがありました。

さらに、「FOSSはタダで、開発している人は、無償で働いているという」誤解(無償で開発する人もいれば、有償で開発する人いる)も加わり、説明に困ったことも多かったものです。

このような課題があったにも関わらず、世界でも、日本でも普及が加速していきました。FOSSというソフトウェアの普及だけでなく、エンジニアカルチャーを前面に出した(ハッカー文化)フェイスブックの成長という社会に影響を与える現象も見られるようになりました。

その大きなきっかけが1つが、GNUプロジェクトだったのではないかと思います。